書き逃げドットコム

増田の代わりに

ツイートがあったので自分が読むために拾う

 

「宮脇さん、それ騙してることになりますよ」

 クリックして「広告でした~」は騙しなのは間違いない

「今時はパケット制限も有るから記事開いてからPR表記を見れば良いだろ論は読者視点では受け入れられないですよ」

 パケット制限を意識して、それを受け入れない読者の割合が十分に少ないと認識しているので、その人達から受け入れられないことに対して「問題ない」と判断してもいいのではと考えている

読者を騙しているかどうか(ガッカリ感)、それをどう扱うのか

 これ。

 単に「読者を騙しているかどうか(ガッカリ感)」をどう扱うのかの話として書く。ギガが減るとかは知らん。

 これも、結局割合の問題でしかなくて「騙された!」「ガッカリした!」と感じる人が十分に少ないのなら、広告を頼む側、出す側の判断として「問題ない」という態度を選択できると思う。つまり、ガッカリ感を受け止めずに投げ捨てるわけである。

 ただそれだけのことを思った。結局はそう感じる人の割合について、それをどのように評価するかという問題であると感じた。

 ここは「ヨッピー熊本記事広告」について思ったことを書く。

 PRと入れることでクリックされなくなるという話について、つまりPRと入れることでクリックされない程度のコンテンツなのだから、PRを抜くのは画面遷移語のガッカリ感を発生させるのでは?という話については、PRを入れない状態のクリック率によって、問題と判断されるくらいにガッカリ感が発生しているとは、僕は思わなかった。つまり、あのコンテンツのクリック率で言うと、PRを入れない案内でのクリック率と、PRを入れる案内でのクリック率があるとするのであれば、PRを入れない案内でのクリック率の方が、コンテンツに対して本来あるべき注目度に近いのでは、と考えた。他の広告記事については考えていない。他のものであればPRを入れないことによるガッカリ感の発生が強いのでは? そのガッカリ感を投げ捨てるのは問題なのでは? と考えることもあったであろう。

 「ヨッピー熊本記事広告」についてはここまで。

 自分の周りでPR抜き広告記事について「ガッカリした!」という声が多いのであれば、それは(私の評価はさておき、これだけの人が不満なのだから)問題だよな~と認識したであろう。ガッカリ感を受け止めて、それが極力発生しないような作法を求めていたであろう。

 以上、「読者を騙しているかどうか(ガッカリ感)」をどう扱うのかの話として書いた。

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