書き逃げドットコム

増田の代わりに

誰のギガがどれくらい減っているのか

 単に自分がすっきりするためだけに書く。

「無駄な通信を発生させているのは俺だけじゃないだろ、あっちも無駄だしこれも無駄だし、何で広告記事ばっかり文句付けられるのよ」と言う話はだいぶ筋が悪いと思う。他人の話はしてない。記事広告の話をしているのだ。

 パケット制限の読者視点というのは「パケ死を避けたい読者視点」の事だと考えている。つまり、上限以上の通信を行った結果、速度制限が起きることを避けたい読者である。そして、それを心配して月末においては通信があまり発生しないようにしているという行動を取っている者もあるという。

 単に自分の考えとして書く。

 頻繁にパケット制限が発生してしまう読者が、全ユーザからみて10万人に1人程度のものであるなら、その人達にとって通じにくい理屈ではあるが、「開いて通信を発生させてから判断しろ」と、そんなことを言って反発を受けてもも大丈夫であろう。ただ、これが100人に1人になれば、あまり大丈夫と思えない。

 単に、それによって不利益を被る人の割合なのかな、と言う感じがしてきている。厳密なことを言えば一切許容されない話であるが、その許容しない人が1億人に1人であれば、お前は我慢しろと言っても大丈夫であると言う判断ができる。単にマイノリティは無力であるので。

「お前の作っている仕組みは無駄な通信を発生させる」と言われて「そうですね。でも我慢してくださいね」と言い返すことはできる。「無駄な通信」が問題になるのか「無駄な通信を発生させることを我慢しろと強制する」のが問題になるのか、それは当事者の判断である。そして、それぞれの問題発生頻度や程度が十分低いのであれば、問題ないと切り捨てる判断をすることもあろう。

 もし、自分や自分の身の回りの人間がパケ死の起きやすい読者であれば、物凄い勢いで反発し、共感をしていたと思う。しかし、自分や自分の周りの人からそのような話を聞かないため、私の判断においては問題ないのではないか、と思った次第である。

 以上、ギガが減ることについて思ったことである。

 リンク先が実は広告でした~、PRって書くのを省いてこうやらないとみてもらえないんです~ みたいな、コンテンツへのポインタが騙しなのでは? と言う話は考えていない。

「(作り手の意識次第では回避できるのに)通信を発生させないと必要・不必要判断のできないコンテンツをwebに蒔いていいのか?(ギガが減るという視点で)」という話を考えた。

 そして、それはそれによってパケ死の起きる人間の割合次第なのでは? と考えた。つまり その割合が問題と判断されるくらい高いと認識していないので「ギガが減るという視点で考えて、通信を発生させないと有用性の判断のできないコンテンツをwebに蒔いても問題はない」と思った。

 ギガが減るという視点ではなく「時間の無駄」とか「理想的なwebの状態」とか、そういう所で考えた場合は、また別の結論に落ちるかも知れない。

 以上、完全に横道の話。

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